欧米を中心としたクラブミュージックの発展は、斬新な音楽の表現方法として現代には欠かせない音楽文化となっている。そこには若者を中心とした娯楽の文化として、たばこと同様に大麻を使用する文化があるのは事実である。先に言ってしまえば、私は大麻やドラッグを一切しないし、その快楽を味わおうとも思わない。自分はそうしたものなしですぐにハイになれるし、単純に必要性を感じないのだ。個人的にいらないのである。

しかし、その効用が医学的によい方法で使われているのも事実であるし、患者が精神安定剤としてやガンの痛みを和らげる効果等、さらに麻の衣類他活用の方法が多くあるらしい。たばこよりも健康らしい。それではなぜ大麻は非合法な行為として悪く扱われるのか?GHQによる政策の一環として取り締まられた理由はなんなのか。オランダやアメリカではすでに合法な行為として広まっているが、なぜ日本はだめなのか。自分なりの見解を述べてみたい。

結論から言うと、これは個人と社会の問題であると思う。個人的に大麻を吸っている人の意見を聞くと、なぜ大麻を吸ってはいけないのか、欧米はほとんど吸っているという答えが返ってくる。たしかに誰にも迷惑をかけないのならなぜだめなのかと言われたら、答えを返せなくなる。これは個人ベースで考えれば、悪いことはほとんどないのではないだろうか。

しかし、これが一旦社会という概念をもとに考えると、それは害になるのではないだろうか。国という単位で言えばそれは、中国の阿片戦争に見られるように、阿片の使用によって国民が無気力になり生産性がなくなり、経済が縮小し、国力がどんどんと落ちていく。イギリスは無理やり中国に阿片を広め、売りさばきぼろもうけしたあげく、国が輸入を禁止した途端、そうした国力の弱った中国に戦争を仕掛けた。なんともキチガイじみた話である。

それとは反対に、国の宿業というべきものなのか、現代の欧米では大麻が氾濫し、国民は大麻ばかり吸い続け、もはや国としての生産性は圧倒的に地に落ちてしまった。現代の欧米の衰退の1要因は、この大麻やドラッグ汚染による国力衰退ではないだろうか。過去イギリスにめちゃくちゃにされた中国は厳しい情報統制や法律の中、そうしたものを一切排除し、経済は急成長を遂げている。

阿片と大麻を一緒に考えているわけではないが、欧米の大麻中毒者が大麻から抜けた理由をニュージーランドで聞いた。理由は、吸っている時間がもったいないということだった。どっちにせよ、生産性が個人レベルで下がることは確かであるようだ。そしてその理由は時間(生産性)であったり、社会的な問題なのではないかと思う。非合法である理由は、個人的には善・社会的には悪ということなのだと思う。ただし、この時間というものが個人の幸せとなんら関係しないことも事実である。

自分が音楽活動の拠点としているタイのパンガン島でも、多くのヒッピーから島民にいたるまで、それは蔓詠しているようだが、こうしたことから自分は自分の考えの元、大麻やドラッグについてはNOという立場を崩していない。すでに精神的には欧米という国は先進国ではないと言ってしまえば失礼になるが、そうした国々の社会悪の文化を日本がわざわざ取り入れる必要もないのだと思う。

今回主催するOYAKO RAVEはそうした親子としての人間として誰もがはじめて参加する家庭という社会でそのことをどうとらえるかというアンチテーゼも含んでいる。欧米のRAVEカルチャーは革新的な音楽のムーブメントではあったが同時に、そうした隠さないといけない文化も広めてしまった。非合法である理由を簡単に述べたが、これは自分の持論であり、またいろんな人々の意見を聞きながらこの問題について探求していきたいと思う。

 

 

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