クラブミュージックシーンはその時代時代で打ち込み音楽のトレンドをジャンルとして、時には地名+ジャンル、BPM+ジャンル、他いろんな形でそのまとまりを呼びましたが、自分はもともとバンドマンで、ドラムをやってたことから、ロックバンドからのクラブミュージックという入口でした。

高校バンドマン当時、Mad Capsule markets っていうバンドが好きで、そのバンドはデジタル音もミックスするバンドだったのだけど、そのコピーバンドをはじめてから、デジタルハードコア・レコーディングスっていうジャンルがあるっていうことから興味がわき始めた。

大学入学当時、まわりがHIPHOP好きが多くて、自分もDJやるならこれかなと思っていたのだけど、とある先輩からHIPHOPは軽々しくやるものじゃないと叱られ、その先輩がHIPHOPをやるからお前は他のジャンルをやれと言われ、なんなんだと思いながら他のジャンルを探し始めたこともきっかけだった。

ただ、自分はありきたりなHIPHOPをやりたいとも思ってなかったので、そのままいろんな音楽を聴いていたのだけど、自分がBASS MUSIC PRODUCERとなるきっかけをくれたとある大学の友人、HIDETOSHI KATO a.k.a DJ Vinyl の出会いが大きい。正直、東京のHIPHOPの連中とは異なる感性を持って、ドラムンベースという音楽を自分に初めて教えてくれた仲間なのだが、彼の絵、MIXすべてをとっても、かなり洗礼されたセンスでそれは今も変わらずに北海道の地でレコーディングしているようだ。天才肌というのはこういう人をいうのだと思う。

その当時の記録がMIXI上にあったのでリンク。

HIDEは東京のHIPHOPトレンドとは違う、ハイセンスなファッション、靴から服に至るまでとてもUKな感じでクールにきめていた。そもそも、チャラおっぽい恰好とHIPHOPの混ざった感じの中途半端な恰好をしてた自分にとっては、なんともまあかっこいい個性的なやつなんだと、当時入学式で意気投合した仲間と3人で、仲良しグループが結成されたのだった。

それからというもの、HIDEから聞くドラムンベースという音楽の魅力に取りつかれ、自分も彼の世界を掘り下げたいと思ったのだが、これが自分のDJの原点だったのかなと思う。当時ドラムンベースという音楽を知るにはたったひとつのポータルサイトのみから情報を得られた。Drum’n’ Bass Arenaだ。

そのサイトから、最新のドラムンベースシーンの情報を仕入れ、東京中のレコード店を回り、または通販でUKから直接取り寄せるなど、その当時、ドラムンベースに対して掘り下げることに全力に取り組んだ。自分はDJだけでなく、PCでのトラック制作も同時に18歳からスタートしていたが、この頃、PCで音楽をつくるといった文化が日本でまったくなく、あらゆる情報を通じて、トラックづくりを独学で学んだものだった。

正直、DJで食べていくということに現実味を感じなかったこともあり、作曲家であれば食べていける可能性があるのではと思い、取り組んだのだが、それが今となっては正しかったといえるかもしれない。

当時、弟の友人で、バンドマンのかなめちゃんという子が、弟子入りしたいと言ってきて、自分のこれまで培った音楽制作のノウハウや技術を彼に伝えたのだが、そんな彼も今では東京のドラムンベースシーンを牽引するくらいにまでなった。DJ Heavy1 である。のだが、残念な行動が目立ち、東京のダサいドラムンベース・ニュースクールシーンに傾倒してしまった。今ではMakotoの主宰するレーベルHuman Elementsで頑張っているようである。

そもそも、東京のドラムンベースというシーンに魅力を感じなかった自分は、独立することを考えいろんな先手を打ち今の状況をつくりだせたこともあるが、その間理解されず離れて行った仲間たちもまた多かった。が、それでようやく自分のプロジェクトが動き出したのも事実だ。

自分のことはさておき、自分のやってきたドラムンベースというジャンルは形骸化し、残っているものの、多角的な変化を起こし、ダブステップ・グライム・ドラムステップといった新たなジャンルに分かれて行った。そして、そうした多角的変化にも対応できるような枠組みの総称を、ベースミュージックと形容し、最近では使われている印象だが、WIKIPEDIA でもある通り、UKのベースミュージックシーンとは別にアメリカでおこったベースミュージックやHIPHOPシーンも含めるようである。

基本、それはベースミュージックという言葉に当てはまるポイントがいくつかあるのだが、もちろんUKベースミュージックはその現地のHIPHOPと融合して新しい展開をしているものも多数ある。

ただ、ドラムンベースというジャンルに限ってはいくらニュースクールで技術を競う白人のプロデューサーが増えようとも、最初にこのシーンを起こした4HEROをはじめ、そうした彼らもBroken Beatという新たな2000Blackというレーベルをつくったように、すでにカリスマは変えられず、それ以降は話題にもならない。

これは最初の立ち上げ役がどんなことでも、重要だということなのだと思うが、そうした新たな音楽の革新を追求することと、これまでのシーンの4番手を東京で狙っていても、永遠にそのままであり、そうした革新を追求できないグループは生き残れず、何か幻想に囚われたたちの悪い趣味サークルになっていく。それが残念ながら今の東京と言わざるを得ない。

現時点でのベースミュージックシーンは、そうしたドラムンベースのオールドスクール・ダブステップのニューカマーそして、今UK現地で勢いのあるベースミュージックHIPHOPのこの3つを指すのではと個人的に思う。

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