ニュージーランド前編のレポートはこちらに書きました。続きを書きます~。要約すると、ニュージーランドにきた理由とかいろいろ書いています。

クライストチャーチからダニーデンに移動

なんというか、ちょっとかぶるけど、クライストチャーチの街並みはどちらかというとイギリス様式の建物で、その名の通り、キリスト教会 Christ church そのまんまで、教会がいたるところにあった。地震で倒壊してる教会もあったらしいけど、随分復興した感じだった。

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第二次世界大戦でなくなった人たちの慰霊塔にも連れて行ってもらったけど、連れて行ってくれたポールさんもまた先祖を先の大戦で失ったということだった。なんというか、地元の串良平和公園と同じ雰囲気だった。ニュージーランド・日本の平和70周年記念でポールさんが2014年10月頃、日本列島縦断ピースロードという名で自転車でうちに寄ってくれた縁もなんというか深く感じる。

ダニーデンでの移動約6時間

高速もない、道がくねくね、そんな道をクライストチャーチからダニーデンまで車で移動した。途中きれいな自然をみて、まさにニュージーランドきたんだなと感じた瞬間だった。

ダニーデンに到着、雨で激さむ

ダニーデンは日本でいうとこの頃冬から春になるころだったので、相当寒かった。ダニーデン市は人口10万人くらいのオタゴ大学を中心とした教育都市。これもちょっとこちらの記事で書いてます。

道のり的には・・・

 

ホテル到着

なかなかよい部屋だったけど町まで距離が遠くて街をぶらぶらしたかったけどできなかった。ポールさんのお迎えを待ちながらライブの準備。最後の最後までコンつめます。

img_9170と思ったらポールさんがお迎えに来て観光に回ってくれるとのこと。アザラシが出る海があるとのことなので行ってみたらここも激さむ。ニュージーランドの寒さは日本と比べてもサムイ。結局お昼を食べようってなったんだけど、ポールさんたちは食べない。というかレストランが高すぎるっぽい。確かに自分たちが日本でレストラン行く感覚とは違って、外食が異常に高かった気がする。アザラシも見れませんでした。とそうこうするうちに

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明日のライブのセッティングに行かないとということなので会場に向かう。ダニーデンのスタジアムかなりでかい。こんなところでやるのかと思っていたら4分の1だけを貸し切っての開催とのことだった。いきなり5万人収容のスタジアムでライブかとワクワクしたけど、実際は3000人くらいのイベントでした。

ここでトラブル多発しながらも機材をセットする。明日に向けてちゃんと音だしできるかチェック。うんこ座りで細かいところを調整。やっぱりニュージーランドもBASS MUSICが盛ん、音を聞いてくれたスタッフの人も好きだったらしく興味深々でシステムのことを聞いてきた。

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準備完了!ということでみんなで夕食を食べにいくことになった。ポールさんと日本人の通訳、自分・母の4人で近場のレストランバーに。なぜか母とポールさんは昨日の口論バトルから、なんかお互いイライラしている。まあ気にせず自分のことを進めながら夕食食べてゆっくりしようと思っていたんだけど、いろいろと欧米のマナーだったり、コミュニケーションだったり、お互いにストレスがたまってたのでしょうかね。

この欧米の英語が世界共通言語的な発想は、たまにイラッとくる。何かトラブルがあると、英語力のせいにされ、日本人はだいたい自分のせいだと勘違いする。いやいや、うちら日本人で日本語で生活してるんだけど的な感覚からすると、君らが日本語覚えなさいよ。って気分になるけど、ここは英語をしっかり覚えて通じると同時に、日本語で日本人だけの言語を持ってた方が後々お得だと思う。

特に仕事の時に、相手のミスを、英語力の話にすり替えられて、泣き寝入りした日本人って多いんじゃないかなと。そんなときおすすめなのがチャットだったりメールだったり、重要なことは文字で話して取り決めるってのが欧米とのやり取りの基本だと思う。これで裁判沙汰でも安心ですよ。自分たちの出資するタイのホテルでは今オーナー同士で裁判らしく、自分たちは第三者なんだけど、その記録がこの裁判の勝ち負けを左右するっぽいです。ディープになったので次。

ゲストDJとして、トリでやるってなるのでやる気もMAX。

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ライブ当日スタート

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ライブ当日、なごやかなムードで人々がわさわさスタジアムに入ってくる。多文化・多宗教・多民族の国際平和祭ってことで、いろんな人種の友達もできた。

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日本人もちらほら、自分がライブするっていうことを現地日本人コミュニティが聞きつけてきてくれました。ありがとうございます!いろんなことでお世話になったゆずるさんもここでジョイン。

こんな集まってくるとは思わなかったなあと思ってたけど、夕方になるにつれてめっちゃ寒くなってきた。市民の方々もその寒さに耐えかねてちらほら帰るモード。え、自分トリなんだけど、みんな帰っちゃうの?ちょっと不安になりながら迎えた夜8時頃、すでにお客さんたちは寒さに耐えかねたのかほとんど残っておらず、オーディエンスはスタッフや知人のみとなっていました笑

みんなから、ごめんねぇ~。と言われながらも、そんなそんな、やらせて頂く以上はどんなときでも本気でやりますという感じでいよいよライブ。人数が少なかったけど、みんな気を聞かしてくれて盛り上げようとしてくれたその温かさだけで十分でした。

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そして現地で打楽器奏者と一緒にやろうということになりコラボ。その場でベースヲルブと打楽器のコラボが始まりまして、なかなかのいい感じ。みんな喜んでくれたのもつかの間、スタッフの人が近づいてきて、

「なんかあなたのこと知ってる人がきてるよ」と、言われ、え?っとなったんだけど、そこにASHKONというラッパー・ラジオDJさんがやってきたのであった。6年前、自分の作品がサウンドクラウド上で一気に広まったときに、メッセージを自分とやりとりしたことがあるとのこと。INORIっていう曲名まで覚えてくれてて、ASHKONは自分のことを覚えてないでしょと言ってたけど、そんなことより声をかけてくれたのが何よりもうれしかった。

10万人の街に1人自分のフォロワーがいてくれるこのうれしさ、なんて自分は幸せ者なんだろうと思いまして、いろんなことが頭をめぐりました。はやく世界1周ツアーをしてみたいな。

ASHKONがこの後家に招待してくれるということになって、みんなで集まろうってなり、その夜は彼の家で音源きいたりライブやってみたりと、とても楽しい打ち上げになりました。

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ここでした。

 

次の朝、オタゴ大学にてLIVE

昨晩の打ち上げが楽しすぎて、早起きできなかったんだけど、ポールさんが迎えに来てオタゴ大学へ向かうことに、なんかラジオインタビューがあるみたいと聞いていたので、言ってみるとほんとに大学の授業中で、その場でライブしてくれとの無茶ブリ。こんなバッグにPCとシステムを詰め込んで移動してます。今回のサポート役ゆずるさんも同伴。

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なんか一人でアウェイになる気がしたので、昨日盛り上がったASHKONを呼んでサブMCやってもらってコラボしようってことになり、ASHKONも現場に到着。大学生がたくさん集まる中、まさに授業中的な雰囲気の中、図太いベースサウンドをぶち込んであげました。すると、奥の白人ギャルたちが反応、このときは、自分の好きな、Hospital Recordに所属するNetskyがRemixするRusko – Everydayを途中で組んで、そのまま自分のベースやビート、上ネタを音にへばりつかすといったLIVEをしてみました。このへんは全部動画なのでまたMOVIEできたら見てくださいね。

そして、ライブが終わってポールさんがオタゴ大学を案内してくれることになりました。この時、平和学で有名なケビン・クレメンツ博士の研究室まで行けたことには感動した。研究室はしまっていて会えなかったけど。

とりあえずオタゴ大学をいろいろ回って、今回の目標は達成できたなと一安心。

オタゴ大学はここ

 

しかしここからがディープな夜のスタートでした。イスラム系の移民の方々との夕食かなり楽しかったです。これもまた映像なのでのちほどMUSIC VIDEOにいれますのでお楽しみに☆手作り料理もうまくて、しかもイスラムの歓迎のダンスまで披露してくれました。彼らのスタイルってほんとにかっこよくて、普段かなりいけたファッションしてるのに、こんな渋い服も平然と着こなす。

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ダニーデン最後の日

この日は、マオリ族っていうニュージーランドの原住民の歴史館にポールさんが連れて行ってくれました。原住民の方ってやっぱり白人の人たちよりも年収がかなり低くて今でもほんとに納得してるのかなって思う。文明が入り込んでマオリ文化は残っているけど、残してあげてる感がある気がする。日本がこうならずになぜ独自の文明を発展していけたのか。しかも世界最先端になった今、アジアと欧米との関係はどうなるのかなどなど。こうした歴史からも感じること多数。

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長い後戻り、クライストチャーチへ

帰りは寄り道せずに4時間程度でダニーデンからクライストチャーチに戻れたと思う。戻ったらアントニオさんっていう日本人移住者の家にまたお世話になり、母の友人たちとの夕食に付き合うことになった。

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みんなシニアの中ぼけーっと、いろんな家のところどころを眺めて、おいしい料理をごちそう頂きました。

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なんか足でこぎながら引くピアノを見せてくれて、アンティークな感じが漂っていた。

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てな具合に、次の朝はやく、オーストラリアのシドニーへ飛び立つのでした。つづきはこちら

 

 

 

 

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