最近、ヒッピーだったりアーティストだったり、ビジネスマンだったり、ボランティア精神の強い人だったり、いろんな性質の仲間が増えてきた。海外を超えて多種多様な考え方があるなぁと感じながらも、自分の活動の指針を考えたりもする。

特に、好きな芸術・音楽活動だったり、ビジネス活動、そしてボランティア活動のバランスを考えながらこれまでどんなスタンスが自分にしっくりくるか考えたりもしました。この話はスピリチュアルな感じもするげと、とても現実に即した考え方なので紹介。

基本的に、音楽含め芸術活動で一生やり続けるのがプロと言われることもあるが、何かの下請けでやる音楽制作は基本的に創作活動に当たらないと思う。東京時代、トレーニングの意味も込めて、多くの下請け制作をしてきたが、それは創作活動というよりも技術の鍛錬に役立った。これを一生するつもりは自分はさらさらないし、自分がやりたい活動は創作活動なのでそれでどうやっていけるかが課題だった。

特に芸術活動で最近よく聞くのは、どうやったら食っていけるかとか、長いキャリアを持つ音楽家・作家ほど、今はお金にがめつくなっている気がする。ヒッピーやアーティストを名乗る人が正直そうしたことをやっていると冷めるのである。特にイベントを開催したときのギャラだったり、興業屋のような仕事と絡むと、若手が知らないことをいいことに搾り取ろうとするシニアエセアーティストは後を絶たない。

基本的に、こうした興業を未だに言い値とか、口約束で簡単に国内で交わしている人たちがいるが、海外に出れば、書面がなければまず、トラブルになる。そして、日本人のような訴訟文化のない守られてきた民族は格好の餌食となる。こうした場合、エージェントに頼って自分は創作活動に専念したいといったことを考える人がいると思うが、正直そのエージェントがそんな頼れるのかも確認したほうがいい。

自分が東京時代培ってきたキャリアやネットワークでは音楽家ともうひとつ国際経営コンサルタントという仕事でのキャリアやネットワークがあるのだが、これがまさに、いま音楽業界ひいては日本の腐食した産業にとても有効だ。例えば、海外の大物とやりとりするときにまずほとんどの日本人は尻込みするだろう。そして、彼らの思い通りに言うことをきかないと、仲良くしてもらえないので全部受け入れる。単なるカモだ。

実はこの音楽業界を筆頭に、芸術界、文化産業は徹底した法律戦であることをほとんどの素人DJやプロデューサーは知らない。これが海外との共作だったり、海外進出を考える際にも、必ず足かせになることを知らない。ほとんどの場合、トラブルや訴訟などの問題に発展する。

島国であった日本民族は温かい温床の中でぬくぬく育ってきたこともあり、海外ともなれば事故だらけトラブルだらけ、日本の一番大きな弱みだろう。例え君のつくる作品がどれだけ優れていようが、海外展開することでそのハードルを越える力がなければアウト。特に音楽産業でいえばトップDJでさえもそんなことを知らない。だから海外に通用しないのだ。

まず必要なのは海外の大物が納得する作品はもとより、コラボしたり取引する際の法的な手続きだ。自分のキャリアのもっとも強い部分は、国際弁護士やそうした専門家が手を貸してくれることにつきる。中途半端な海外のエージェントなどはその徹底した書面上のミスのなさに歯が立たない。そして交渉術さえも、英語で実現できる環境は今日本人にとって十分整っている。

いわゆる文化産業は法律なしで成り立たない。これは海外とやり取りする際は絶対だろう。シニアの芸術界はこのことを他人任せにしていたが故に、若手から信頼されず不要とされ、ただ名前だったり経験、伝統だけで若手を支配するといった腐敗構造が今の日本にとって蔓延ってるのは音楽産業だけではないだろう。

結局のところ、純粋な音楽家だけを目指してもしょうがなく、仕掛け人プロデューサー的な才能のある芸術界で言えば、村上隆的な人材が求められているし、音楽界は坂本龍一がいるかと思えば、若干そうしたプロデューサーに任せっぱなしにしてきた感のある人なので期待できるかは不明だ。

北野武や村上隆などの戦略的作家が今は求められている。そして日本の音楽業界にはそのレベルの人はいない。クラブミュージック業界も同様、そうした人材が育たなかったが故に、MAX松浦AVEXの仕組みのみに頼る日本の音楽産業構造、そして同じパターンの音楽家しか産みだせない、もっというと、カッティングエッジな音楽家が育ちにくい環境と言える。

もうひとつの問題点は、日本の放送法の問題が挙げられる。海外の浸食する文化から日本の固有文化を守る意味でこれまで芸能界が育ち、その中で多くの芸能人が生まれたが、これは日本経済の成長期までの話。ちょうど2005年頃まで、自分たち世代のAIやDeftechなんかがヒットをつくってからというもの、CDもなくなったことも重なり、いやまして、日本の経済界が文化産業に莫大な広告費を払えなくなってきたが故に、新人アーティストは育たない。そんな状況だ。

じゃあどうするか、いまテレビに出ている新人俳優は逆輸入が多い。特に新興アジア、台湾や香港といった地域である程度成功をおさめ日本も戻るパターンが少なからずある。これが生き残る方法のひとつだ。なぜなら新興アジア諸国は日系企業も多く進出し、広告費をその地域の広告代理店に支払うからである。日本に友好的な国はさらに日系文化人を快く受け入れることもあり、チャンスといえる。

逆に、こうした音楽業界の中でもJPOPやKPOP、台湾ポップ、タイポップといったシーンは日本の芸能界に追従する動きで現地のシーンがどんどん確立している。そしてアジア圏内でそれは右往左往する。このチャンスを狙えないものは将来性がない。東京と言う半分以上外国人投資家の奴隷となって、その労力を搾取され、それに気づかずループしてしまうのである。

もっというと、東京にチャンスはもうない。あっても競争率が高すぎて手にする労力があるのなら海外に出たほうが成功しやすいだろう。4分の3を占める東京以外の地方人や、外国人の中で、払わなくていい家賃を払い続け、ストレスにより消費欲を無理やり作らされ浪費、貯金などできるはずもない。

当の東京生まれ地主、または財閥家系はすでに東京の土地を高値で売り払っているか、売らなくてもすでに海外進出でその糸口を探っている。東京と言う都市は週末以外、単なる奴隷市場にしか見えない。電車を除くとその風景が垣間見えるだろう。

そんな中、文化人を目指す国内の人々は、いまだにアーティストを育てよと国や政府にモノ申しているが、滑稽にしか見えない。そもそも彼らは補助金をあてにするアーティストであればやめたほうがいい。食えないからといって他人だったり、そのストレスを自分以外の人に向ける作家アーティストはもはやアーティストではない。負けを認め、素直にサラリーマンになったほうがいい。それでなければ海外に出たほうがいい。

そうはいっても、時間とお金に余裕があれば作家活動ももっと楽になると思うのは当然のことだ。そもそも、ミズモノの世界で一生食べようと考える人は、この指標を見たらよいかもしれない。

030803

自分でさえも音楽活動での収入は微々たるものであり、アーティストではないので1発屋というよりは、どうやって一生創作活動を続けるかといったことが重要だ。タレントやアイドルの短命にくらべプロデューサーは息が長い。そうした意味で自分はこの道を選んだところもある。

さて、本題だが、そもそもあなたは何のために生きるのかというテーマから、その創作活動の意味を見返すこともでてくるはずだ。女の子にもてたい、ウハウハしたい、ちやほやされたい、それでお金をもらいたい。それでみんながハッピー。そんな夢見て自分も中学生の頃、ギターやドラムをはじめた。

大学になるころにはまわりも驚くほどの音楽業界のネットワークがありがたくもできた。大ヒットも間近でみたし、そういったストーリーに乗るキャリアも用意されたこともあった。ただ、本来の自分の活動の目的がなんなのかそういったときに改めて問われる。

この指標は、あなたの人生が、価値を創造するため、としたときにしっくりくるモデルだ。しかもリアルに創作活動、商業活動、ボランティア活動にバランスよく配置されている。作家もきれいごとばかり言う人がいるが、実態はこうだ。

まずあなたは、少なくとも美の価値観を持ち生きている。それは直感的で本能的でもあるし、一瞬でもある。そう、音楽活動であるし創作活動、文化・芸術活動として文化的な生活そのものを少なくとも人は誰でも望むのだ。美という価値観を表現するのがアーティストであり芸術家であり、そうした世界にバランスを強く持つ人々だと考えられる。

ただ、美の価値観は一瞬だ。アートは一瞬のエネルギーであるし、そのエネルギーを継続させようと続いて、利の価値観が生まれる。単純に食っていくための話だ。ほとんどのアーティストはこれがプロだという。事実世の中に完全なボランティアは存在せず、生命体であったり個人だったり組織が存在する以上、この活動がなければ一瞬にして消える。

この美や利の価値観さえそろえば完璧か。実はそうじゃない。次に来る善という価値観がきれいごとではなく、人間の生命や個人・組織にとってとても大切な要素なのである。君がどれだけきれいごと(美・徳)を語っても、それが現実的(利)でなければどこぞの政治家のように消されてしまう。また、利だけを追求する拝金主義者や権力主義者にとって、この美と徳という価値観を理解させることもまた大切だ。ほとんどの人たちは政治や経済が世の中の中心だというおっさんたちに遭遇するだろう。心配しないでくれ。それは絶対的に間違っているし、これからは通用しない理論だ。

美。文化を尊重し、善、教育・社会は必然的に企業さえも行わざるを得ない。なぜならば、企業はアートや芸術・エンタテイメントという媒体を使って自社の製品をお知らせするし、企業を100年続けるには絶対的に人を育て社会と調和する必要があるからだ。そしてこれは企業だけでなく世の中のあらゆる人・個人・組織・国・すべてに当てはまる。

個人でも、あなたの仕事はお金を儲けることだけじゃなくて、文化的な活動をしアイデンティティや表現を通じてかけがえのない仲間たちができるだろうし、社会に調和しながらも、次世代のために家庭を持つし、人を育てることの大切さを知ることになる。

要約すると、あなたに、文化活動・商業活動・慈善活動の3つのバランスはとても重要なのである。人としてその活動をバランスよくやるととても生きがいを感じるし、その活動事体やがてすばらしい価値を生み出すはずだ。音楽活動に関わらず、行き詰るときは商業活動や慈善活動に逃げてもいいし、それぞれ必ず行き詰るし、別の活動で頭がすっきりし、前に進める。

音楽家にとっての利・善

実業家にとっての美・善

慈善家にとっての美・利

自分の中ではこの3つの生涯の仕事をやれていることがもっとも最高に幸せなバランスなのである。きっとみんなもそう感じるはず。自分にとってこのバランスはどうか一度調整してみると目からうろこかも。

 

 

広告