世の中にDJという存在が認識されていますが、反面謎の職業として見られることもしばしば。ラジオDJから始まり、ラジオ局が権利者に放送料を支払い楽曲を流す行為が、いつの間にか米国ではHIPHOPの文化と融合し、インディーズアーティストたちのアナログレコードがクラブDJたちのコレクションとして広がり、そこから音楽を聴く機会が広がりました。

時代は移り変わり、ITが興隆してきた昨今、ラジオやナイトクラブDJのプレイを聞かなくても、アイフォンやスマホがおすすめの曲をリストアップしてくれて知る機会、いわゆるストリーミング配信のほうが、リスナーにとって多くなりましたが、このことによって、一気に楽曲は無料で聞くものという風潮が世界中に広がったのではないでしょうか。

今もなおこの時代の変化についていけていないDJたちが多く、彼らはいまだに他人の曲をかけて食べていけると考えているようです。誰もがアイフォンひとつでDJできる今、彼らの進むべき道は、その培ってきたセンスを生かして、丹念に技術を習得し、プロデューサー、作曲家としての方向転換ができるかにかかっているのですが、いまだにそのことに拘りを持ち続けている人たちも多数。現実逃避をしているように見えます。

実は最近鹿児島の片田舎である私の実家、鹿屋市でそういった現象に遭遇しました。

そこまでいけていないアマチュアDJは、イベントで稼ぐ方法しかないのですが、彼らのプレイする曲は何の許可もなくイベントの空間づくりに利用され、著作権者には何の恩恵もないという実態。通常であれば、JASRACあたりが大きめのイベントになると著作権料の支払いを要求しますし、店舗経営者であればわかると思いますが、カラオケや店内のBGM再生を行う場合は、必ずJASRACの訪問があり、徴収を求められます。しかし小規模なイベントなどには目をつむる方向です。(JASRACもかなりの問題のある団体だと思います。)

私の地元の鹿児島でも、そんな小規模なイベントがあり、地元の目上の方々が開催していました。

クリエイター・プロデューサーからすれば、彼らの行為は違法ではあるけれど、のちにセンスを磨いた後、技術をしっかり磨き、作り手としてすばらしい人材になる可能性もあるから容認しているようなものだと思いますが、コピーバンド容認のようなものですね。しかし、その時代の変化についていけていない地元のDJたちは、何の根拠もなく他人の曲を流し、イベント主催者というだけで何かの権力者のようにふるまっているわけです。まともに配信料も支払わずに、自分たちの権利を主張する彼ら、果たして通用するのでしょうか。

こちらで書いた通り、今国内トップクラスの作曲家さえも食えない今、そんなことを見放していてはまともな音楽家は生まれてこないでしょうし、逆に世界中がこの問題にあえぐ今、解決方法を日本が率先して作り出し世界に普及することで次世代の国際音楽産業の中枢に食い込めることも確かだと思います。

実は世界中のナイトクラブやフェスティバルでも、そのことについては議論の中でして、音をつくれるプレイヤーをLive Act、他人の曲を流すだけの人をDJとして分け始めました。DJの役割も容認しながら、作り手に敬意を示し、イベントでもそういった形で序列されるケースが増えてきましたね。ただ、これは何の法的効果もないため、これが必ずしも普及するとも限りません。日本がしっかりその新しい秩序をつくるチャンスかもしれませんね。

実は、DJはプロモーターとしてITが普及する前までは活躍の場がありました。しかし、それさえもない今誰もがDJと名乗るだけで、購入あるいは無料で手に入れた楽曲の配信権をあたかも保持しているかのように、ひどい場合は、それを自分があたかも権利者・権力者であるかのように演じます。そういった人たちによって、興業者・イベントやフェスティバルは潤いますが、こうして本来利益を得るべき本当の音楽家たちの収入源は絶たれる状況が今なのだと思います。無収入でDJたちの自我の欲求を満たすことを支援する作曲家たち。過去、そうした問題が歴史上おこったことで、著作権法という法律が制定されましたが、それさえも今機能していないのが垣間見れます。

実は、電子系楽曲をつくる人たちのプロの方でも、このことに気づいていない方が多数。

プロの皆様方ももう一度その実態を把握して、無料で音楽をつくり、権利を侵害されながら搾取されている現状を認識して、このテーマに向き合っていく必要があると思います。当の日本の大手音楽会社さえもこのことの問題点を認識しているかどうかですが。

たとえば、英国ではその作曲家・音楽プロデューサーのそうした地位向上や権利の保護を目的とした時代に合ったギルドが存在し、徐々に影響力を強めています。日本にもそういった団体がありますが、日本の放送法や関連法が古いためか、あまり機能していないようですね。

やはり、私の地元鹿児島はその実験場として最適です。自らが変わり、彼らを変さえもかえられるかどうか、その変化こそが最先端のローカルを生み出していき、単なる日本の片田舎が超美的地方へと生まれ変わるきっかけになると考えています。田舎ルールと国内ルール、世界ルールの混在、これはうちの地元でも海外のパンガンでも、ニュージーランド・ダニーデンでも違いはありませんでした。

 

 

 

 

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